2014/04/22

大切な事は水平線の下にある(その2)ー感情が伝わりやすいのがDSDー

『大切な事は水平線の下にある』
佐藤正治 x オノ セイゲン

インタビュアー:根本 "マッシュ" 智視
(サイデラ・マスタリング スタジオマネージャー)

サイデラ・マスタリングでは、ふつうのCDマスタリングの際に、同時にハイレゾのマスターを作成することを推奨しています。Ototoyより、DSD 5.6MHz、PCM 24bit/192kHzでリリースされる『MASSAⅡ』のDSDマスタリングを完了したばかりの、ヒカシューのメンバーとしても知られる佐藤正治さんと弊社シニアエンジニアのオノ セイゲンのふたりに話を聞きました。
「(その1)ー目の前に広がる世界がいかに違うかー 」はこちら。

= 音楽には力があります。それは単なる音ではないのです。ただし、音を介して「感情を時間軸に織り込んだ」もの、それこそが音楽です。サイデラ・マスタリングでは、リスナーの心に「伝わる音」の技術を提供しています。 =


「大切な事は水平線の下にある(その2)ー感情が伝わりやすいのがDSDー」

佐藤:「今回誰にマスタリングしてもらうの?」と藤井さんに訊かれて、「セイゲンさんですよ。」って言って。誰がマスタリングするのかで自分のミキシングを変えて、後の作業に余裕を持たせるというのかな、「マスタリングでやった方が良いことは残しておきながらミックスをするね。」ということを僕に一言言って。そこにはエンジニア同士の信頼関係っていうのがもちろんあるわけで、その辺のさじ加減に関しては、藤井さんとの付き合いも長いこともあって、僕は安心していました。ミックスダウンは、定位にしろ何にしろ、データ的な解釈ではなくて、絵画的というか、ミックス自体に演奏家のようにどういう想いがあるかが表れているかどうかを聴いて、善し悪しを判断するという作業でしたね。

オノ:ミキシングとは、それが一番大事なことなんですよ。みんな本末転倒しているんだけど。なんでミキシングするのかっていったら、そうやって音楽の表現として、ダイナミックレンジと音色を作って、リスナーにはそのままを聴いてもらいたいわけですよ。私のマスタリングのポリシーで大事にしてることは「自分のカラーをつけたり、脚色したりしない」こと。ミキシング現場では、演奏家がミキシングエンジニアといっしょに、表現はこうしたいんだなっていうマスターを完成してきあがってるんですから。その感じから、それ以上の色付けせずにリスナーまで届ける事。だからそこに自分の趣味嗜好とかボリューム競争とかは極力織り込まない。もちろん自分流の個性で勝負するマスタリングエンジニアはいっぱいいますよ。私はあえて自分の個性は押し付けない。本来、ミキシング現場での音はこういう感じでコントロールルームのスピーカーから出ていたはず、というのを再現するだけ。こう聴かれてたな、演奏者はこれを届けたいんですよ。マスタリングとは、そこが最初のステップですよ。もちろん最初から「ボリューム勝負で限界まで」というオーダーもありますよ。出来ませんとは言いませんけど、それは私にとってはクリエイティブな仕事ではない。それは私がやらなくても、ほかのもっといいエンジニアを紹介します。

佐藤:それ超親切だよ(笑)。

オノ:刺激が強い方を選びたがるんだよね。しかもアルバム全部聴くんじゃなくて、1曲だけとか1曲の頭だけとか聴いてね。レコード店頭では試聴機に入ってる曲みたいに、3曲の頭だけ聴いて買うかどうかを決める人は、今回のような仕上がりだと、がちゃがちゃ騒がしい店頭で時間もないし、しっかり聴けなかったりする。通して聴くと、実は違う、感動するのにね。

佐藤:心ある人達は、ここ何年も何十年もずっと言ってることだけれど、結局音楽がなぜあるかっていうことを考えると、そういう感動したりとか、いろんな大切なものがあるはずなのね。さっき言った刺激とか、そういうところにいくのは商売だからしょうがない部分もあるかも知れないけどね、ビジネスだから。だけどすごく大事なことは、音楽が本当になぜあるのかってことなんですよね。そのことを置き去りにして音楽業界の中だけで競争してるから、音圧競争みたいなのが始まるわけで。そんな音楽ばかりになってしまったら、本当に音楽を愛している人達は、音楽産業に愛想を尽かせて去って行ってしまう。

オノ:今おっしゃったことがまさに、20年間のボリューム戦争で起こってしまったことで、演奏の細部の表現や音色を犠牲にしてまでボリューム優先にしたことが、音楽CDのマーケットがなくなった一番の原因です。面白くなくなった原因の2つ目は、良い音で聴いてないということです。音色を届けられていないということね。ボリューム戦争=演奏や音色の平均化が起こっていて、すごく上手い最高のグルーブも、そこそこ上手い演奏も、まあ普通かなという演奏も、全部同じに聴こえる。全部が、まあ普通の演奏に聴こえてしまう。

佐藤:全部普通。そんなものは誰も求めてないはずなのに。音楽にとって必要不可欠なものを捨ててきてしまったんだよね。それを普及していかなきゃだめですよね。だってクライアントが詰め込めっつったら詰め込まなきゃなんない世の中だから。

オノ:最近のCMでは、さっきも言ったけどボリューム突っ込めばオンエア乗りが良いかっていうと、そうではないんです。だからボリュームを詰め込めば良いとはいえなくなった。ボリューム戦争は終わった。私の中では、もう何年も前に完全に終わってて、あとは本当にクライアントやアーティスト自身がなんで録音やってんだ、ってことに気付いてくれるかどうかって言う点です。

佐藤:今、セイゲンさんの言われた、CMのボリュームとオンエア乗りの話っていうのは、少なくとも発注する側のプロフェッショナルは、みんな知っていてほしいと思いますね。たくさんいると思うんですよ、とりあえずボリューム詰め込まなきゃみたいな人が。でもさっき言ったみたいに、下手すると音楽自体の存亡に関わることになりかねない。

マッシュ:今は過度期でハイレゾとCDと2つがあるんですが、聴き比べないと分からないんですよね。そういうものだと思って。

オノ:そりゃそうだ。

佐藤:逆に言えば、聴き比べれば、どんな人でも分かる。

マッシュ:それでどちらが好きかどうかっていうのはまた別の話になるんですけど、違いって言うのはだれでも分かるはずなので、まずは聴いてもらわないとってことですよね。こういうのもあるんだぞっていうのを知らない人の方が圧倒的に多いと思うんですよね。

佐藤:で、今回面白かったのが、人って僕らでもいろんなこと分かっていながら、大きい方をって選びたくなっちゃうところもある。それほど鈍くはないのですぐ分かるんですけど。今回逆にね、アンプのボリュームは変えないで、でかいのを聴いてから、ダイナミックレンジが広いんだけど小さい方に戻したときに、空間に限界があることを音量ってのは表現して、ダイナミックレンジってのは、空間は無限であるとことを表現するんだってことをすごく感じて。

オノ:素晴らしい事言うね!「ダイナミックレンジってのは、空間は無限であるとこと」おっしゃる通りですがな。

佐藤:音量が小さくても素敵なんですよね、小さく、というかダイナミックレンジの大きな方をかけたら空間が大きく感じた、それが嬉しかったですね。これだよね。これでしょうって。

オノ:俺たちがやってんのはこれだよねって。

佐藤:そうそう。それで迷うことなく、MASSAの新譜「MASSA Ⅱ」は、ダイナミックレンジの広い方で出すことにしました。音量に関しては、本当に豊かな音を体験して頂けるように、わざわざそういう風にしてるんですってことを書いて、逆にアピールをしようと思ってます。

オノ:すごく大事なことなんです。演奏家の人たちは、もっと自信もってアピールして欲しい。遠慮なく、指摘するのです「こんな音でやってませんよ」って。つまり、万一(けっこうよくある話なんですが)自分で演奏している通り、つまりそこで楽器から音が聞こえているとおりに、プライバックすると聴こえていない場合が問題なんですね。昔からドラマーが一番うるさい。名前は出しませんが「オレの音、こんなおとじゃないよ!(怒)」で、ドラムの音決めがさっと終わらないとつぎに進めない。

佐藤:あとね、こういう録音なりマスターが残る、残るんだぞっていうことで、演奏家が育つと思う。

オノ:名言が次々と出ますね!「演奏家が育つ録音」。

佐藤:無理矢理音圧上げて詰め込んだ音は、それこそ機械か人間か判別がつかないような音になってしまう。

オノ:残念ですね。そんなもんで演奏のスリルというか、音色やダイナミックレンジが良いかと思っちゃうんですよね。

佐藤:そうです。逆に豊かな音は演奏家を育てます。シビアだから。

オノ: DSDマスタリングって、演奏やってる「状況そのものが見える」でしょ。どんな繊細なタッチでも、どういう奏法やってるかって。マレットの違いとかもちろん。実はヒカシューの新作『万感』もすごい演奏、素晴らしいんですよ。ルー・リードのエンジニアも担当するマーク・ウルゼリがエンジニアで、日本ではあまり知られてないけど、私はイチオシのエンジニアです!あれもね、もちろんDSDミキシングしてもらって、DSDマスタリングは、ここでメンバー立ち会いでやった。でも、結局CDの方は前作『うらごえ』にも合わせて、少しレベルアップしようかってことになり、3dBアップ5dBアップとかいろいろ作ってね。5dBアップだとやっぱり音楽自体が変わっちゃうので。演奏のスリルが消えてしまうんですね。だから同じミックスマスターからなのに、『万感』はCDとDSDダウンロードでは違う演奏に聞こえちゃいます。演奏のスリリングさはDSDです。で、お気軽に聴くならCD。

佐藤:そうですよね。

オノ:やっぱり演奏の差が抜きん出て出るのは、いわゆるコンプレッションとか、ボリューム戦争の方にいかないやり方なんですよ。何が変わるかというと、コンプがかかると演奏が下手な人も上手い人も同じ感じになってっいっちゃう。マスタリングで「演奏が良くなりました」とか「こういう演奏がしたかったんだよね」って言ってくれる人もいるんですけど。実はそれはすごく良い演奏のクラシックの演奏が上手い人もジャズの演奏が上手い人もそうなんだけど、ヒカシューの今回の演奏なんかね、まさにそれに匹敵して、どれぐらい繊細なとことかスピード感とか立ち上がりとかが出るかって。またマークのミックスがまたこっちもまた良いんだわ。

佐藤:そう、マークも超やる気でね!

オノ:彼は、いまローリー・アンダーソンと一緒に悲しみのどん底です。ルー・リードが亡くなって。その中で、ソロとかのフレーズに別に彼がいるわけじゃないんだけど、悲しみとか聴こえてくるわけ。

佐藤:わかるわかる。間にね、すごい痛みを感じるミックスだったから。

オノ:でしょ。そういうの感じるじゃない。で、こういう細かい痛みとか、演奏の上手さとか繊細なところが、小さな音量の部分を上げていく程に、それがなくなっていって、演奏家の差とか音色の差が分かりにくくなっていく。この価値の差は大きい。感情が伝わりやすいのがDSDであるとも断言できる。

佐藤:それは演奏家から聞くとすごい分かり易い表現だなって思いますね。だから演奏家のテクニックや感性をダイナミックレンジに例えれば、狭めることによって似てきちゃうっていう。そういうのと同じなんだよね。おもしろい。

昔、金子由香利さんのシャンソンを聴いて、すっごい小さい声でやるの。だからバンドもすごい小さい音でやんなきゃならない。それでお客さんみんながこうやって体が前のめりになる頃に、わーんって自分の言いたいことを感情込めて歌う。そうするともう、観客は打ちのめされてしまうの。


関連リンク:
OTOTOYインタビュー: ヒカシューの佐藤正治率いるMASSA、過去の2作がハイレゾで蘇る!
Saidera Mastering Blog: (その1)ー目の前に広がる世界がいかに違うかー 」

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4/23(水)MASSAライブ
佐藤正治(Per.Vo.) 細井豊(Key.VO.) 太田恵資(Vln.VO.)
open 19:00 / start 19:30
会場:代官山 Simple Voice
TEL:03-6416-3107
住所:東京都渋谷区代官山町14-10 Luz代官山B1
料金:一般予約:¥3000 当日¥3500  
学生¥2500 (各+1ドリンク)
MASSA website http://ok-massa.com/massa/
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