2016/05/26

フランス映画 2作のBlu-ray『白夜』『サムライ』

フランス映画 2作が続けて、Blu-rayでリリースです。Remastered by Seigen Ono。

監督:ロベール・ブレッソン
『白夜』Blu-ray
http://www.amazon.co.jp/dp/B01FXBSXGI
(Amazonが品切れで高額な出品しかない場合はしばらく待って、かならず入荷される正規価格の商品をお待ちください)
1971年/フランス=イタリア合作/本編83分+オリジナル予告編/カラー/1.66:1 ビスタ・サイズ/フランス語音声 mono 2.0ch リニアPCM(96kHz/24bit)| MPEG-4 AVC/1080p/日本語字幕:寺尾次郎/封入特典:解説ブックレット/執筆:堀 潤之(関西大学教授)、山下泰司(Cinefil IMAGICA)


監督・脚本:ジャン=ピエール・メルヴィル
『サムライ』Blu-ray
http://www.imagica-bs.com/cinefil/samourai.html
1967年/フランス=イタリア合作/本編105分+特典4分/カラー/日本語字幕/1.85:1 ビスタサイズ/1.フランス語(リニアPCM)モノラル2.0ch/2.日本語(リニアPCM)モノラル 2.0ch/封入特典:16ページ特製ブックレット(執筆:中条省平)
監督・脚本: ジャン=ピエール・メルヴィル
出演:アラン・ドロン(野沢那智)
   フランソワ・ペリエ(阪脩)
   ナタリー・ドロン(鈴木弘子)
   カティ・ロジエ(池田昌子)

2016/05/24

第15回鳩森薪能(鳩森八幡神社能楽殿)に行ってきました



5月13日(金)にサイデラ・マスタリングから徒歩10分の鳩森八幡神社能楽殿で、鳩森薪能がおこなわれていたので観に行ってきました。
http://www.hatonomori-shrine.or.jp/publics/index/82/

当日は、
・鳩森小学校の子供たちの『弓八幡』
・狂言『萩大名』
・能『富士山』
の演目が野外で上演されました。

野外での薪能、狂言の演目前には薪に火を入れる、火入れ式もありました。火入れ式と共に暗くなっていきました。火を入れた後は、薪がパチパチ、パチパチと燃える音と風になびく木々の葉音が気持ちよく、そして鼓や笛の音、地謡、演者の声が重なり、昼間の境内とは違った幽玄な世界が広がっていました。さすがに都会での薪能。上空からヘリコプターの音、側の道から車の音など上演中に聴こえてきますが、それも現代の薪能の面白さなだと思いました。演者の声が、とっても良く通るので凄いなぁと驚いていたら、よく見たら胸元にピンマイクがセットされていました。舞台上よりも舞台の周りの方が賑やかですもんね。

鳩森薪能は地元の皆さんで運営されており、金春流櫻間右陣氏の協力で地域の文化として定着していっているそうです。また来年も観に行きたいと思います。

第15回 鳩森薪能
2016年5月13日(金)
鳩森八幡神社能楽殿

連吟 『弓八幡』鳩森小学校の子供たち
狂言 『萩大名』 三宅右近、三宅近成、三宅右矩
能  『富士山』 森常好、安福光雄、金春國直、住駒彦、松田弘之、三宅右矩

主催:鳩森薪能実行委員会 
共催:渋谷区
協力:鳩森八幡神社 櫻間會




2016/05/23

~音風景のデザイン~ サウンドスケープ [その思想と実践]を読んで


どうも久保です!私はいろいろと音や音楽についての本を読んでいます。今回はこちらです。

サウンドスケープ [その思想と実践]
鳥越けい子 著
http://www.amazon.co.jp/dp/430605229X

サウンドスケープは直訳すると「音の風景」。目で見る風景=「ランドスケープ」をもじった造語です。サウンドスケープ理論は、音楽の音(楽音)≡コンサートホールやライブハウスでの演奏、とそれ以外の音(環境音)を分けて考えず、すべての音に関心をもち、享受の対象にするという考え方にもとづいています。私たちの生きる世界を「見る」ではなく、「聴く」というやり方でとらえなおすということです。

ある音が特定の時代の人々や個人にとってどんな意味を持っているのか、よりよい音環境とはなにか……など、音とそれを取り巻く文化について考えることがサウンドスケープ理論の根本ですが、もともとこの考え方はカナダ人作曲家、マリー=シェーファーにより提唱されました。日本で本格的にサウンドスケープの概念を研究したのは、著者の鳥越けい子氏です。

今回紹介するこの書籍は、サウンドスケープ理論の入門書であり、この考え方の成り立ちと歴史から、実際にこの理論がどのように応用されているかを網羅的に知ることができます。しかし、この本の内容で特に興味深いのは「第3章 サウンドスケープ思想に基づくデザイン活動」です。

この章では、大分県竹田市にある瀧廉太郎記念館の音のデザインを、実際に鳥越氏がどうてがけたかが記録されています。瀧廉太郎は「荒城の月」や「春の小川」の作曲家で知られていますね。幼少期を大分県竹田でどのような音を聞いて過ごしたか、過去の文献などを元に研究し、瀧廉太郎がかつて体験していたような音環境を再現しています。

この記念館では、瀧廉太郎が実際に聞いていた音風景を体験できる仕掛けがたくさんあります。
・飛び石と下駄の響き(実際に下駄をはいて、飛び石を歩けます)
・竹林の響き
・溝川の音
・ししおどしの音
・井戸の音 等
実際に訪れた人が耳で(あるいは五感で)「感じる」ことに焦点をおいたこのデザインは、展示物を見てまわる博物館や郷土資料館よりも、濃い体験になるでしょう。

この本では、サウンドスケープが、ただ概念的に語られるだけの理論ではなくて、建築、デザイン、環境などに応用できる可能性があることを示しています。目で見る風景から感じ方のポイントを変えて「音の風景」に意識を向けてみると、新しい気づきに出会えるのではないでしょうか。


ーーーーーーー
目次

序章 音の風景をめぐって
第1章 マリーシェーファーと20世紀音楽の地平
第2章 音の風景を聴く
第3章 サウンドスケープ思想に基づくデザイン活動
終章 音の風景を生きる


サイデラ・マスタリング→www.saidera.co.jp
Saidera Mastering on Facebook→→www.facebook.com/saideramastering
電話でのお問い合わせ→03-5410-6789
メールでのお問い合わせ→→saideramastering2@gmail.com
[ サイデラ・マスタリングお問い合わせ/ご予約フォーム→ ]

2016/05/06

サウンド・エシックス これからの「音楽文化論」入門

どうも久保です!みなさんはどのようにGWをお過ごしでしょうか。
私はいろいろと音や音楽についての本を読んでいます。今回はこちらです。



サウンド・エシックス これからの「音楽文化論」入門
小沼純一 著

実はサイデラ・マスタリングのインターンシップ応募の推薦書籍にもなっているこの本。初版が2000年なので少し古く、タイトルにある「これから」の時代にはすでに入っているかもしれませんね 。「サウンド・エシックス」とは訳すと「音楽の倫理」。270ページほどの新書サイズの本ですが、この本は「私たちはどんなものを「音楽」と呼んでいるか」というすごく根本的な部分から問いからはじまります。

音楽とは何か。この定義の変遷を本では中世ヨーロッパまでさかのぼります。音楽を音が美的に組み立てられた「作品」としてとらえていた考え方が、20世紀以降、ジョン・ケージの「4分33秒」や、環境音も音楽の一部とするサウンドスケープの思想によって、「音楽とは何か」をそのままでは定義できない現状になってゆくことが論じられます。

また、音楽そのものだけではなく、この本では音楽が生まれる「場所」についても言及されます。「音楽とは何か」から「音楽と「場」」について、そして「作品」という概念について、音楽の営みの中で普段意識していない部分がうかびあがります。

説明がわかりやすく、ヨーロッパ音楽の思想から現代(といっても2000年なので少し古い)の音楽メディアまでかなり広い範囲について言及しているので、学問に近い本を普段読まない音楽制作者の方やアーティストの方にも読みやすい一冊です。

音というかたちで表せない存在と、それを取り囲む文化をどう言葉でとらえるか。これは何百年も人は挑戦しつづけている永遠のテーマです。音と音楽を言葉の世界からも見つめると、新たな発見や驚きがあるかもしれません。

それではよいGWを!

++
目次

イントロダクション
たかが音楽、されど音楽/音楽への新しいアプローチを求めて

第1章 音楽の輪郭/へり
 私たちはどんなものを「音楽」と呼んでいるか  ただの音から音の組み立てへ  
 数・秩序・ノイズ  文脈によって音楽は変わる  これが音楽か?――サンプリングとジョン・ケージ
 「音という環境」――マリー=シェーファー  「全感覚的なるもの」――マーシャル・マクルーハン
 ワールド・ミュージック、民族音楽  着メロは音楽か?  音楽は聴き手に委ねられている  
 複数の音楽を肯定せよ
 【注および作品ガイド】

第2章 音楽と「場」(1)――メディアあるいは「いつでも‐どこでも」
 あなたがCDを買うと……  時間と音楽/「ひと」と「いま‐ここ」
 テクノロジーによる音楽体験  MP3以後のヴィジョン  時間・空間性の喪失
 音楽と場所  音楽と映画  音楽とメディア  楽譜というメディア  
 「いま‐ここ」から「いつでも‐どこでも」へ  
 【注および作品ガイド】

第3章 音楽と「場」(2)――「いま‐ここ」あるいはノイズ
 音楽を聞く〈あなた〉に起こっていること  音楽の生活化――「よそ」への通路  
 「一回かぎり」への関心  再現と即興  「持ち運べる音楽」と「持ち運べない音楽」
 ノイズを排除する近代ヨーロッパ  「都市」の音楽――スティーヴ・ライヒ
 シリアス/ポップの軸  野村誠の「そのとき‐その場」の試み  音楽の「場」
 【注および作品ガイド】

第4章「作品」を疑う
 音の効果  「音楽だ」と判断する基準  
 「曲=作品」とは何か?  「西欧近代芸術音楽」における作曲  
 楽譜・演奏家・聴き手  「思念の道の音楽」と「あらかじめ準備された音楽」  
 日本の音楽?  近代化と作品  作品の「はじまり」と「おわり」  
 極大と極小――M・フェルドマンと口元からもれるハミング
 【注および作品ガイド】

第5章 誰から誰へ?――音楽の署名/宛先
 ポピュラー・ソング、民謡、スタンダード・ナンバー
 芸能、そして匿名性  音楽の融合――ルー・ハリソン  ハイブリッド、移動  
 引用とサンプリング  路上の歌とコンサートの演奏  
 内なる音楽  儀式・賛美歌・シャーマニズム  
 コミュニケーションとしての音楽  カート・ヴォネガットの「ハーモニウム」  
 秘境的な性格と誤配  ハイファイとローファイ  
 音楽の宛先――どこから来てどこへゆくのか  
 【注および作品ガイド】
  
第6章 音楽のプロ/アマ?
 プロフェッショナル/アマチュアの区別?  金銭と職業というファクター  
 他者の存在  「日曜作曲家」アイヴス  
 神様に捧げる音楽  アマチュアの思想――ロラン・バルト  
 マスコミ・物語・売れる  プロとアマの責任
 【注および作品ガイド】

第7章 視覚的なるものと音楽の密接な関係
 音楽が見えていない  映像が気づかせる音  
 ゴダール『映画史』の完全サウンドトラック  映画の音楽  
 アニメーションの音楽  ヴィデオ・クリップ  コンピュータ・ゲーム  
 音楽はジャンルを越境する  メディア・アート――美術の音楽化?  音を感じさせるオブジェ
 ハイナー・ゲッベルスの《ブラック・オン・ホワイト》
 S・ライヒ《ケイヴ》とR・アシュリー《ダスト》  譚盾の「ウオーター・パーカッション」の方向性
 柴田南雄のシアターピース作品  「綜合」の地平
 【注および作品ガイド】
  
第8章 身体と音楽
 キップ・ハンラハンのCDアルバム  太鼓――手の音楽  
 音楽から立ち上がる身体  指――二十世紀のギター的身体  
 楽器・道具・身体  ダンス――音楽を奏でる身体  芸術・詩・うた
 【注および作品ガイド】
 
第9章 生命と音楽
 音楽は毒か薬か?  モーツァルトと牛の乳  
 生命に内在するリズム  数の学問・天体の音楽・アポロン的音楽  
 クジラの「唄」  音楽療法  ヒーリング  
 音楽は聴覚だけの問題ではない
 【注および作品ガイド】

第10章 音楽の倫理――消費を超えて
 なぜ音楽するのか?  音楽的欲望とは何か?  
 音楽的記憶とは何か?  音楽の「消費」とは何か?  
 耳馴れ・洗脳・くりかえし  二つの消費――芸術と経済  
 消費の後に残る何か――アウラ/強度  音楽の倫理に向けて――「聴く」こと

サイデラ・マスタリング→www.saidera.co.jp
Saidera Mastering on Facebook→→www.facebook.com/saideramastering
電話でのお問い合わせ→03-5410-6789
メールでのお問い合わせ→→saideramastering2@gmail.com
[ サイデラ・マスタリングお問い合わせ/ご予約フォーム→ ]